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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)6380号 判決

原告 金子博之

右訴訟代理人弁護士 小林茂実

被告 亀有信用金庫

右代表者代表理事 矢沢註二

右訴訟代理人弁護士 岡林辰雄

同 中田直人

同 谷村正太郎

同 白石光征

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

(主位的請求)

1 原告が被告に対し、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)につき、賃料は一か月三〇〇〇円、敷金は三五〇〇万円であり、かつ、期限の定めのない賃借権を有することを確認する。

2 被告は、原告による右建物の使用を妨害してはならない。

との判決。

(予備的請求)

1 被告は原告に対し、原告が本件建物を明け渡すのと引換えに、三五〇〇万円を支払え。

2 被告は、原告に対し三五〇〇万円を支払うまで、原告による右建物の使用を妨害してはならない。

との判決。

二  被告

主文と同旨の判決。

第二当事者の主張

一  請求の原因

(主位的請求原因)

1 原告は、昭和四八年二月二八日訴外新日本企業株式会社(以下「訴外会社」という。)代表取締役島田勇から本件建物を次の約定の下に賃借した(この賃貸借を以下「本件賃貸借」という。)。

(一) 期間三年。

(二) 賃料一か月三〇〇〇円、ただし、三年分前払い。

(三) 敷金三五〇〇万円、ただし、右敷金は、原告が同日までに訴外会社に対し貸金として交付した合計三五〇〇万円をもって充当することとし、賃貸借終了時に訴外会社は原告が本件建物を明け渡すのと引換えに返還する。

2 訴外会社は、右同日より前から本件建物においてボーリング場を経営していたが、本件賃貸借の後もしばらくボーリング場としてその使用を継続したい旨希望したため、原告は、右希望を容れ、外形上の変動はないまま、右同日右代表取締役島田勇の意思表示による占有改定によって本件建物の引渡しを受けた。

ところが、訴外会社は、昭和四八年六月二五日ごろ、手形の不渡りを出して倒産したため、原告は直ちに訴外会社から本件建物の現実の引渡しを受け、以後従業員を交替で宿泊させて本件建物を直接占有するに至った。

3 被告は、東京地方裁判所において進められた本件建物についての根抵当権実行手続において本件建物を競落し、昭和五〇年二月一四日同裁判所により競落許可決定を受け、これにより本件建物の所有権を取得した。

この結果、被告は訴外会社から本件賃貸借に基づく賃貸人としての地位を承継した。

4 右賃貸借は、昭和五一年二月末日をもって三年の期間が満了したが、前賃貸借と同一の条件で法定更新され、翌三月一日以降期間の定めのないものとなった。

5 ところが、被告は、原告の被告に対する右賃借権を認めず、原告の本件建物に対する占有を妨害している。

6 よって、原告は、主位的請求1のとおり本件建物につき賃借権を有することの確認と同2のとおり右建物使用の妨害禁止とを求める。

(予備的請求原因)

1 仮に、主位的請求原因4記載の法定更新が認められないとすれば、本件賃貸借は昭和五一年二月末日限り期間の満了により終了したことになるが、被告は、前記のとおり訴外会社から賃貸人としての地位を承継したことにより、前記敷金の返還債務はもとより、右敷金の返還と本件建物の明渡しとの同時履行の特約をも当然に承継したものであるから、被告は、本件建物の明渡しを受けるのと引換えに右敷金の返還をすべき義務がある。

2 よって、原告は被告に対し、予備的請求1のとおり原告が本件建物を明け渡すのと引換えに三五〇〇万円を支払うべきことと同2のとおり被告が右三五〇〇万円を支払うまでの間における原告の右建物使用の妨害禁止とを求める。

二  請求原因に対する認否

1  主位的請求原因1、2の各事実は否認する。

2  同3は、前段の事実は認めるが、後段の主張は争う。

3  同4、5は争う。

4  予備的請求原因はすべて争う。

三  抗弁

次の理由により、本件賃貸借は、被告に対抗しえないか、又は三年の期間満了により終了したものである。

1  原告が本件賃貸借の効力を主張するのには、主位的請求原因2の前段のとおり占有改定により本件建物の引渡しを受けたことをもってしては足りず、現実の引渡しを受けたことを要するところ、仮に、現実の引渡しについての同2の後段の事実が認められるとしても、被告は、昭和四八年三月一日訴外会社代理人山田隆利との間において、訴外会社所有の本件建物につき譲渡担保契約を締結してその所有権を取得し、原告が本件賃貸借に基づいて本件建物の現実の引渡しを受けたとする同年六月二五日ごろより前である同年四月一二日東京法務局城北出張所受付第三〇九八五号をもって右譲渡担保を原因とする所有権移転登記を経由した。したがって、原告の本件建物についての賃借権は被告に対しては効力を生じないものである。

2  主位的請求原因3記載の根抵当権は、被告が設定を受け、東京法務局城北出張所昭和四六年二月四日受付第八四四五四号をもって登記を経由したものであるところ、被告は東京地方裁判所に対し右根抵当権実行の申立をした。これを受けて同裁判所は、本件建物について、昭和四八年六月二九日競売手続開始決定をし、同年七月二日競売申立の登記手続を了した。被告が主位的請求原因3のとおり本件建物を競落したのは、右競売手続によるものである。

したがって、原告が被告に対し本件賃貸借の効力を主張しえたとしても、その効力は契約時から約定に係る三年を限度とするものであって、法定更新は認められないから、本件賃貸借は原告の主張する期間の満了により終了した。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は、そのうち、被告主張のとおりの登記のあることは認めるが、その余の事実は否認する。

被告主張の譲渡担保を原因とする本件建物の所有権移転登記は、無権限で訴外会社代表者の実印を冒用して遂げられたものである。すなわち、訴外会社は被告に対し四〇〇〇万ないし六〇〇〇万円の融資を依頼していたが、昭和四八年四月七日、前記代表者島田が右融資の担保とする福島県下の不動産に被告信用金庫の役員を案内するため出掛けて不在の際、被告信用金庫の従業員山田馨(訴外会社の代表取締役山田久馬の子)が訴外会社を訪れ、経理課長島田正治に対し融資のための書類作成に必要である旨虚偽の事実を述べて同人から訴外会社の代表者の実印の引渡しを受け、これを勝手に使用して前記登記をしたのである。

2  抗弁2の前段の事実は認めるが、後段の主張は争う。

第三証拠《省略》

理由

第一  主位的請求について

一  《証拠省略》によれば、主位的請求原因1(ただし、賃料前払いの具体的方法及び敷金の関係については後に判断する。)及び2の事実を認めることができる。

同3前段のとおり被告が本件建物についての根抵当権実行手続においてこれを競落し、その所有権を取得したことは、当事者間に争いがない。

右事実によれば、被告は、本件建物の所有権を取得したのに伴い、右1掲記のとおり締結された本件賃貸借に基づく賃貸人の地位(敷金の関係を除く。)を承継したものというべきである。

二  ところで、本件賃貸借の三年の約定期間は、昭和五一年二月末日をもって満了となることは明らかである。そこで、同日の経過とともに、本件賃貸借は法定更新された旨の原告の主張の当否について判断するに、本件賃貸借は、民法三九五条により抵当権に対抗しうる短期賃貸借であり、一般的には借家法の適用により保護されるべきものである。

しかしながら、被告が前記のとおり本件建物を競落した手続の基本たる根抵当権は、本件賃貸借に先だち、昭和四六年二月四日に設定登記を経由されたものであり、右根抵当権に基づく競売手続開始決定を原因とする競売申立の登記は右のとおりの本件賃貸借の期間満了より前である昭和四八年七月二日に完了していること(抗弁2前段の事実)は、当事者間に争いがない。民法三九五条により抵当権に対抗しうる短期賃貸借であっても、このように抵当権が実行の段階に入り差押の効力の生じた後に期間が満了した場合にあっては、不動産の利用関係と抵当権者の利益とを調整しようとする同条の趣旨に照らして借家法二条の適用はなく、賃借人は法定更新をもって抵当権者若しくはその実行による競落人に対抗しえないものと解すべきである(最高裁昭和三八年八月二七日第三小法廷判決・民集一七巻六号八七一ページ参照)。

したがって、本件賃貸借は法定更新された旨の原告の主張は採用することができず、本件建物についての賃貸借は前記のとおりの期間の満了によって終了したものである。

三  以上によれば、原告の主位的請求は、その余の点につき判断するまでもなく失当である。

第二  予備的請求について

まず、本件賃貸借において主位的請求原因1(三)のとおりの敷金についての約定が成立したか否かにつき検討するに、前掲甲第一号証の一(本件賃貸借契約書)には、訴外会社が本件賃貸借において、原告から敷金として三五〇〇万円を受領した旨の記載があり、《証拠省略》によれば、右賃貸借契約の締結に際し、右三五〇〇万円は、本当の意味の敷金といえるかどうかはともかくとして、原告の訴外会社に対する貸金をもって充当するものとされたことが認められる。

しかしながら、元来敷金契約は、不動産の賃貸借契約において、賃借人が自らの債務を担保する目的の下に賃貸人に金銭を交付し、賃貸人においては、賃貸借契約終了の際に、賃借人に賃料不払等の債務不履行があるときは右金額のうちからその債務に充当し、債務不履行がなければこれを返還することを約するものであって、一般に敷金として授受される金額にはその性質上相当の限度が存するものである。ところが、本件においては、一か月の賃料が三〇〇〇円であるのに比し、およそ九百七十余年分というほどに著しく過大な三五〇〇万円もの金額が右のとおり契約書上敷金とされているのであって、このような敷金は通常の賃貸借においては例を見ないものであり、このこと自体からしても、右三五〇〇万円が敷金であることについては、まずもって疑念を差しはさまざるを得ない。加えて、《証拠省略》によれば、本件賃貸借は、原告が自ら本件建物を使用して直接収益を上げることを目指したものではなく、原告の訴外会社に対する貸金債権を担保することを本来の目的として締結されたものであること、本件賃貸借における賃料はさきに認定した主位的請求原因1掲記のとおり約定期間を通じて全額前払いされているが、この支払も原告の訴外会社に対する従前の貸金を振り当てて支払済みとしたものであること、前記のとおり原告と訴外会社との間において三五〇〇万円の敷金に充当することとされた貸金のうち約一九〇〇万円は、右賃貸借契約を締結することが本決りになってからやはり貸金として原告から訴外会社に交付されたものであること、本件賃貸借契約書に三五〇〇万円の敷金の授受についての記載のあることは前記のとおりであり、しかも、本件賃貸借に際しては、訴外会社から原告に対し敷金三五〇〇万円の受領書が交付されているのに、それに振り替えられたという貸金の関係書類はなお原告の手許に留め置かれていること、原告においても、訴外会社においても、右賃貸借契約の締結により右貸金は敷金に振り替えられたとしながらも、右貸金が更改により消滅したという意識はなく、本件建物における訴外会社のボーリング場経営から上がる収益によって、右三五〇〇万円の貸金は順次返済されるべきものと考えられていたのであって、右契約の締結された後現実にも、訴外会社は本件建物におけるボーリング場からの収益を右貸金債務の返済としてそのまま原告に入れていたことがそれぞれ認められ、右認定を左右すべき証拠はない。

以上の事実を総合して考えると、右敷金名義の金員三五〇〇万円は、賃借人たる原告の本件賃貸借契約上の債務を担保する目的を有するものでなく、右貸金の担保として本件賃貸借契約を締結する際に、その時点での貸金の総残高を確定したうえ、名目上敷金返還債務としたにすぎず、従来どおり原告の訴外会社に対する貸金として残存するものであって、敷金としての性質を有しないものというべきである。

したがって、被告が本件賃貸借に基づく賃貸人としての地位を承継したにせよ、右金員の返還債務を承継するいわれのないことは明らかであり、原告の予備的請求もまた、その余の点について判断するまでもなく、失当といわなければならない。

第三  よって、原告の本訴請求はすべて理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 奥平守男)

〈以下省略〉

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